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Vanlife + Entertainment + Cat 

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たいようです。 アメリカでバンライフを実行すべくつくったサイト。 ゆっくりゆっくりがんばります。
詳しいプロフィールはこちら

興味を持っていただきありがとうございます。

たいようです。

ここではわたしについてお話します。

どうぞ、お気に入りのお茶でも飲みながら、のんびりしていってくださいませ

 

 

 たいよう(バンライファーネーム)のプロフィール

役者・ダンサー・バンライファー(もうすぐ!!)

 

現在は、アメリカでバンライフするべく準備中。
やりたいことはバンライフして映画を撮ること。
バンライフ×エンターテイメントです。

そして、そこにたどり着くまでの経緯と情報を、
同じ悩みを持っているかわいい子ねこちゃんたちに
シェア祭りすべくこのブログは存在いたしますっ

 

バンライフ×エンターテイメント/旅のサポートをするきっかけ

 

今の活動をするに至った経緯を人生のハイライトと共にお伝えします。

よかったらお付き合いくださいませ!!!

 

おすまし写真を載せましたが、基本ご機嫌なひょうきん者です☀️ご安心ください

 

 

高校1年生のときにストリートダンスを始める

 

ダンスを初めてすぐに、「あたし、ダンサーで生きていく!」と決めていたお調子者。
(決めてからは学校以外週10でダンスして、学校で寝てました。先生ごめんなさい)
高校2年生で、ドキュメンタリー番組に取材されたはいいものの、
深夜の新宿で練習してるとの情報も出て
PTAの問題になったとか、ならなかったとか…

その頃から卒業したらアメリカに行くんだ!と決めてました。

祖父が世界中旅する人、その娘の母は留学歴があり全く反対しませんでした。もしかしたら血なのか… !?
学校の先生が学期末テストの時期と被った海外でのパフォーマンスにGOをくれました。
今でも忘れない、あの先生。大好き。(担任でもなくて、なぜ、その先生に話しに行ったか覚えてない)
先生の息子さんもサッカーで海外に行っていたそうです。

 

卒業後、ダンスの仕事をしながらお金を貯めニューヨークに行く

 

バックダンサーのお仕事をしたり、カラオケで働いたりしながら、働いたお金全部貯金して
半年で100万円を貯めて、18歳で急にニューヨーク行ってくるから!と親に言う。
母親以外(も、だけど)心配を口にする大人が多かったので、直前に急に言う手段に!!!
(よく許してくれたな)

1ヶ月の滞在で人生変わり(かぶれ果て)また来年行く!!と決める。
そこから、お金のためだけにスナックでバイトし始める。
お酒は飲めないし(今もほぼ飲まない)、たくさんの感謝もあるけど、辛かった。
応援してくれる人もいれば、ここでたくさん「理由」を聞いてくる人に出会ったからだ。
興味や応援とは違った「理由」

「アメリカの歴史はこうで、私はアメリカに行ってこれこれを学び帰ってきたらこれに活かして、、、」
とちゃんと説明できないと行っても意味ないそうだ。お金の無駄だそう。無駄なことはしちゃいけないんだって。

わたしは「理由」を作った。

「いっぱい踊りたい!」だけじゃだめなんだと思った。

 

海外と日本の行き来を繰り返した末に、学生ビザを取って留学

 

また、それから、ニューヨークやロサンゼルスに3ヶ月ダンスのためだけに行った。
それで、これを繰り返してるうちに寿命が来る!と思った私は、帰国後、学生ビザをとるために
調べまくる、そして働きまくる。

アメリカには、ワーキングホリデーがなかったので、働きながら住めるビザがアメリカでも取れる
オーペアという住み込みのベビーシッターの勉強を始める。
保育園でボランティアしたりする。ただ、結果、希望のホストファミリーに出会えず、入会金の5万を捨て
学生ビザをとる。

 

カツカツ暮らしの後に起きた詐欺事件とグリーンカード当選事件

 

学生で仕事をするのは違法なので、住み込みでシッターをやっていた。
その傍ら、日本の人と日本の銀行でやりとりできるバイトをサイトで見つけ始める。
そして、学校行ってダンス行って。結局ビザがないと何もできないのか、と思った矢先
2度目の応募に挑戦していたアメリカ永住権が当選する。

なんと、まあ、奇跡。いや、もう住むって決めてたんだと思う。魔法を使ったのだ。

その矢先、大詐欺みたいなのに合う。膨れ上がって結果300万がマイナスになった。
学校の斡旋みたいなものの詐欺とかあります。
こっちの魔法は使えなかったみたい。

周りにガツガツ心配されていたので(そりゃ心配するわな)、失敗したことを誰にも言えなかった。
相談相手がいなかった。

 

日本に帰国、芝居を始める

 

号泣した末に、永住権もあるし一旦帰ろう、とアメリカ在住お姉さま方の後押しもあり帰国。
けど、大借金にもなってしまったので働いてばかり、ダンスもできない。もう何やってんだか分からなくなり
アトピーも出て寝れない、一番意味不明な時期だった。

そんな時、お芝居に出てみないかと誘ってもらう
初心者舞台だったが、1回全力でやってみていやだったら辞めようと思ったら
なんと、ダンスの時みたいなワクワクがあった

でも、日本で言ったら10代以外のスタートは遅いみたいな空気があったし
実際、だめだ!こりゃ!と技術をお金で手に入れるべくスクールへ通う
劇団にも入る。返済もする。

その間、アメリカへ行く用事があったので3ヶ月ほど、バックパッカーをした。
カンボジア、タイ、マレーシアから、南アメリカの方へ、メキシコ、ペルー、チリ、アルゼンチン、ウユニ 
などなど、王道な場所に行った。
その時、バンライフしているカップルに出会い、遊ぶ。

数年経ったある日、両膝に激痛が起きて踊れなくなる。
毎日の様に通ってたジムもダンスもできない。
階段を降りるのもままならない。
どこの整骨院とか病院に行ってもだめだった。
ぎっくり背中にも月1ペースでなった。その度に寝たきり3日。
約1年の廃人生活。

(今はいい先生見つけて、階段を痛みなく降りれるようになった)

 

ニューヨークで芝居の学校に行くがコロナでオンライン授業に。日本へ一時帰国するがアトピー再発で睡眠不足に

 

英語でお芝居がしてみたくて、ニューヨークへ。
完璧に英語話せないのに、5分ほどの芝居を覚えクラスで演じた。歌も歌った。
とんでもなくすこぶるスーパー楽しかった。みんな自分に一生懸命だった。
自分に矢が向いていて、だから周りを許せて、サポートにも繋がっている様に感じた。
そして学びとろうとする空気と緊張がやばい。
大好きな大大大好きな空間だった。

それが、コロナでオンラインに。
仕事もなくなり、家族や友達にも会えないクラスも仕事もないニューヨークにいるのは辛すぎて
一時帰国。14日間の自粛後もほぼ自粛してたけど、アトピー再発、無理せずに大事な人とだけ過ごしていた。

 

 

気付いたら、よくお友達や知り合いの知り合いの娘さんまで相談に乗るようになっていた

 

ここ数年のことを振り返るいい機会になった。
最近、「今は行けないけど」とは言いながらも、海外へ行きたい話や、どうやって過ごしたかの質問が増えて
バンライフやろうと準備し始めたら「一緒にやりたい」と言う友達も現れた。
他にも、誰にも言えない悩みを持った私みたいな人がいるんじゃないかと思った。
また、私の相談に乗ってくれたたくさんの信頼できる大好きな人たち(学校斡旋や観光案内、メンタルケアなどのプロの人たち)
に繋げられたらみんなハッピーなのではないかと思った。
そこで、本当に必要な人のサポートをする様になる。

 

ご提供できることは全て私がほしかったもの、これから欲しいもの、そして、読者の方が読みたいものを届けられるように

 

サポートに関して言えば、一つ、テーマがあります。
それは昔の自分です。探しても探しても出てこない情報(情報過多で、肝心のほしいものが見当たらないんです。ひっかけが多くて)
不安があっても、周りにはだったらやめとけと言われるが故に頼れる人がいない環境
わたしが望んでいたのは、助けて欲しい時に助けてもらえる環境。とにかく、手放しで応援してくれる環境。
今、わたしはそんな仲間に囲まれています。

とは言え、未だに「やめとけ」「無理だ」と言う人もいます。

「反対されてもやりたいことが本当にやりたいこと」なんて論はわたしにとってはよく分かりません。

反対されてもされなくても、やって違ったら次に行けばいい、調べたくなったらとことん調べて、
失敗したら聞いて、また次の挑戦に向かう。

だったら、全てのドリーマーにひとりでも多くの理解者がいてほしいと願います。

 

わたしの生き方推し

 

“「やりたい」だけで動く”
理由は自分が知りたい時に知る。伝えたい人に伝える
「理由」の概念って?
理由なくハッピーになれまっせ、と言いたいのです。

自分に矢印が向いている世界であればいいと願っています。
そうすればきっと、相手の「自由さ」に牙も向けることなく、平和な時間が少し長く続くんじゃないのかなと信じています。

また、
“全てはフィクションでありノンフィクションである”
と言うことです。

もっと心で会話ができたらいいなあ。

ちなみに、「損していい」「無駄になってもいい」んですよ。知ってました?
わたしはこれをおとなになってから言われてびっくりしましたよ。
「え?いいの?」って 😎 
だから、やりたいと思ったらやっていいんです。

 

 

こんな生き方推しを持ったわたしなわけですが

動きたい人が動きたい時に動けるように
背中をしっかり押してサポートしていきます。

やりたいことのお手伝い、わたしでよかったらぜひさせてもらえたらと思います。

 

そして、私の夢、ロードムービーを撮ることも!!!

 

わたし自身、まだまだこれからやりたいことがあります。
バンライフを実際に実行してお芝居もやり続けます。バンライフ・ロード・ムービー
いや、コメディかな??このバンライフに関わる全ての物語を作品にしたいなと思っています。
と言うか、もうやることは決まってるんです。
(あ、とくに誰かと撮り始めたりとかはしてないです。決めただけです)

この文字を書いている今も、これを読んでいるあなたも含めて
私にとっては一つの物語です。
あれ、ということは
わたしは、実は今、プロフィールではなく脚本を書いているのかもしれませんね!!??

 

お互い、いのちの分だけ、自分が主人公の物語を作っていきましょう!!!

 

良きバンライフを☀️

 

 

ご相談に乗れる販売サービス

・バンライフ(アメリカ)コンサルティング(アメリカでの緊急時のサポート(物理的、メンタルヘルス)含む)
・英語レッスン(アメリカ人講師・オンラインのみ/バンライフや旅で使えるもの、ディベートの心得、緊急時の連絡方法などのプログラム)
・バンライフの準備・改造が可能なホストファミリーorワークトレード場所のマッチングお手伝い

 

 

そのほか、バンライフ、旅、アメリカに関することであればご相談に乗りたいです。
サポートできることを明確にお伝えするので、今の状況や気持ちも含めてご連絡いただけたら嬉しいです。

 

ご連絡はこちらから

 

なっがーいプロフィールをここまで聞いてくれたあなたは天才です!!!!!!

本当に、ありがとうございます!!!!!!!

素敵な日になります様に☀️

感謝を込めて。

たいよう

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